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2008年11月

2008年11月30日 (日)

ハンブルグ日記22

ハンブルグ日記22
ハンブルグ日記22
(上)ジーゲスゾイレ(下)クリスマス市でソーセージとグリューワインで乾杯

最後の晩餐 その2

ジーゲスゾイレとは、ドイツが戦争に勝った記念に建てられた塔で、その頂上には黄金の勝利の女神がいます。そう、あの映画「ベルリン天使の詩」で天使が女神に腰掛けて、休んでいる、あの場所です。

映画の中では、天使はフランスからさすらってきた来た美しいサーカスのブランコ乗りに一目惚れし、人間になろうとします。

鈴木清の「天幕の街」でもサーカスがでてきて、ブランコ乗りやピエロ、ライオン使いなどが出てきます。その中の一人のタイトルは「西ドイツからきたスーパースター」でした。かれもまさかドイツ(しかも統合した!)に凱旋帰国するとは思っていなかったでしょう。

もしかしたら、鈴木清も女神に腰掛けて、次はどこへいこうかと考えているかもしれません・・・


それでは、ひとまずドイツとはお別れです。
チュース!

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ハンブルグ日記21

ハンブルグ日記21
写真美術館


最後の晩餐 その1

今日でいよいよドイツともお別れです。

締めに選んだのは、写真美術館、バウハウスアーカイブ、新ナショナルギャラリー、そしてジーゲスゾイレです。

しかし、いきなり写真美術館は次回の準備中で展示をみることができませんでした。残念!しかし、これまた外観だけですが、歴史を感じる素敵な建物です。

気を取り直して、バウハウスアーカイブに向かいました。バウハウスアーカイブは、ベルリンがバウハウスの第3期の場所であり、その歴史が一度終わった場所なのです。そして見ていて思いだしたのですが、実はバウハウスはオランダとも深い関係がありました。

オランダ展の際にいったブルーナの「ミッフィ美術館」でデ・スタイル派というデザインの新しいムーブメントがあり、ブルーナもそれと関係をしていることを知りました。そしてそのデ・スタイル派がバウハウスの初期にとても影響を与えていたのです。オランダ、ドイツ、今までの私の中では点だったものが、一つの切り口で線になっていくのが、とてもおもしろいのです。

そういえば、鈴木清も何かを聞いたりいったりすると、「それならこれを読まなきゃね」などと一見関係のなさそうな、でも実は繋がっている何かをよく教えてくれました。単に知っている、だけでない、知の深みにいつも驚かされたものです。

次の新ナショナルギャラリーは、これもまたバウハウス繋がりで、バウハウスの初代校長が設計したものです。今は大規模な「パウルクレー展」が開催されていました。パウルクレーもまたバウハウスの教授だった一人ですが、その色彩を生でみてみたいと思っていたのでラッキーでした。

色彩の天才のようなことがよく言われので、もっと鮮やかな色彩かと思っていたのですが、深みのある、単にパステルや綺麗という色合いでないことが意外でした。私はむしろ彩色のものより、エッチングのような細い線画に、デッサンの正解さといたずらさが感じられておもしろいと思いました。

さて、次回はジーゲスゾイレで締めたいと思います。

つづく

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2008年11月29日 (土)

ハンブルグ日記20

ハンブルグ日記20
ハンブルグ日記20
ハンブルグ日記20
おまけ編(ベルリン)

デッサウからベルリンにもどり、やはりベルリンに来たからには「ベルリンの壁」をみなければ、と思い、旧東ドイツ側のイーストサイドギャラリーにいきました。現存する壁は、ここにある1.5kmほどだそうです。

びっくりしたのは壁の厚さです。もっとぶ厚いのかと思っていたのですが、10cmはなさそうです。でも、たったこれだけの厚さの壁で、一つの国を別けていたのかと思うと、人の心を別けるには、余りある厚さだと感じました。

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2008年11月28日 (金)

ハンブルグ日記19

ハンブルグ日記19
ハンブルグ日記19
(上)バウハウス校舎の渡り廊下(下)教授達の家だったマイスターハウス

バウハウス編(デッサウ2)

昨日に引き続き、デッサウでバウハウス巡りです。

今日はバウハウス校舎と教授達が暮らしたマイスターハウスをめぐるツアーに参加しました。

ドイツ語オンリーのツアーなのでグループの後ろでのんびり眺めていようと思ったら、幸か不幸か私一人きりでした。しかもツアーのガイドをしてくれるやや年配のおしゃれな女性バーバラさんは容赦なくドイツ語で話しかけてきてくれます。

でもなんとかなるもので、彼女の体全部を使ってバウハウスのスピリッツを伝えようとくれる姿には感動しました。そのおかげで、私にも不思議とわかるのです!彼女が言わんとしていることが!いいデザイン、強いアートには言葉はあまり必要ないのかもしれません。そういえば、写真展に関してもオランダ語、ドイツ語、英語、フランス語が入り交じりつつ、お互いにわかりあえていたのを思い出しました。不思議ですね。

バーバラさんの説明によると、あまりに有名な校舎の「BAUHAUS」の看板もナチスによって取り払れ、当時は代わりにナチスの旗が掲げられていたそうです。その話を聞き、ドイツの歴史の一端に触れた思いです。

校舎を隈なく案内してもらった後は、教授達が過ごしたマイスターハウスを案内してもらいました。ドイツ語がわからない私でもわかったのが、黒という意味の「シュバルツッ」です。なぜかというとドイツ南部の針葉樹林地域を「黒い森(シュバルツッ バルト)」ということだけをしっていたので、妙に納得してしまいました。

バーバラさんによると、バウハウスでは赤、青、黄の三原色の他に黒、グレーを大事にし、意味がそれぞれあるそうです。言われてみると、なるほどで、建物のさりげないあちこちに、行動や気持ちと繋がるような配色をしていたのが印象に残りました。しかも、いちいちが丁寧な仕事なんです。匠の技というべきか。こういうところは日本と通じるような気がします。

バーバラさんのおかけで充実したデッサウでの時間を過ごすことができました。他にもデッサウにはバウハウス関係の建築はたくさんあるのですが、それは次の機会のお土産にしておくことにします。

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ハンブルグ日記18

ハンブルグ日記18
ハンブルグ日記18
バウハウス編(デッサウ1)

ワイマールを後にし、バウハウスの第二期を過ごしたデッサウに向かいました。

バウハウスはナチスに迫害されドイツで1933年に終わりますが、その教師たちや関係者はアメリカやカナダに散ります。ジューンさんが学んだのは、カナダのニューバウハウスでした。

デッサウはワイマールの牧歌的な雰囲気にくらべればとてもモダンな感じがします。デッサウが工業都市として栄えていたことも移転の理由の一つらしいです。

このバウハウス校舎は、ナチスや戦争によるダメージを修復し、今もなおたくさんの学生が世界からデザイン、都市計画を学びにきているのだそうです。

デッサウではバウハウス校舎に一泊しました。オリジナルに忠実に再現された部屋はどこか無機質な感じがしましたが、無駄がなく、シンプルで機能的な家具、配置はいかにもバウハウスという雰囲気です。昔はここで、熱意ある若者達が伝統と最新技術を活かして、日々研鑽していたのかと思うと、バウハウスが今だに根強い人気がある理由が少しわかるような気がしました。

つづく

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2008年11月27日 (木)

ハンブルグ日記17

ハンブルグ日記17
バウハウス編(ワイマール)

今回ドイツにくるにあたり、どうしても尋ねたい場所がありました。バウハウスが生まれた街ワイマールと第2期のデッサウです。

なぜ、バウハウスか?それは8年前に遡ります。鈴木清がいなくなり、傷心だった私達家族をニューヨークの自宅で温かく迎えてくださったロバートフランクさんと奥さんのジューンさんと話をしていた時でした。ジューンさんがバウハウスで学んでいた、という話になぜかなり、そのことがずっとどこかに残っていました。ジューンさんのつくる作品の雰囲気に惹かれ、そんなジューンさんのルーツの一つかもしれないバウハウスをみてみたかったのです。

ということでまずは、ベルリンから特急で2時間ほどのワイマールへ向かいました。しかし!残念ながらお目当てのバウハウス美術館は来年の90周年記念の為か改装中でみることはできませんでした。

しかし、ちぇっ、と思いながらみた「ゲーテ博物館」が意外によくて、ゲーテがファウストなどを執筆した書斎や蔵書、収集していた鉱石などは見応えがありました。私はてっきりゲーテは作家、詩人だけだとばかり思っていたのですが、政治家であり、科学者でもあったようです。得に蔵書は哲学から自然科学まで幅広いそうで圧巻です。鈴木清の本棚も写真集より絵画、哲学、詩集などが多く、一緒にするのもどうかと思いつつ、本の頁をめくることって重いな、と思う一日でした。

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ハンブルグ日記16

ハンブルグ日記16
ハンブルグ日記16
おまけ編

ハンブルグを後にし、ベルリンへ向かう前にリューベックに立ち寄りました。

リューベックはハンブルグから特急で40分ほとで、おとぎ話にでてきそうな街並みです。それもそのはずで、街全体が世界遺産に指定されているそうです。

ハンブルグとつづくエルベ川にある街で、ハンザ同盟が結ばれこの川をたくさんの商人が行き来して、活気があったんだろうなぁ、と街を一望できるペテロ教会からそんなことを思いました。

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2008年11月24日 (月)

ハンブルグ日記15

ハンブルグ日記15
おまけ編

街を歩いていたらこんな風景に出会いました。このてっぺんの壁は飾りなのか、風よけなのか、港からの目印なのか?!
「ぷっー」

港といえば、ハンブルグ港!残念ながら今回はみられませんでしたが、実は横浜と繋がりがありました。

オープニングレセプションで上品なご婦人が、声をかけて下さいました。その方によるとハンブルグと横浜は港つながりで姉妹都市なんだそうです。そして横浜は来年開港150周年記念(確か)を迎えるので、日本にいく予定があるのだとか。

こんなところでも、不思議な縁を感じます。私は横浜もハンブルグも港街がもつ自由闊達でおおらかで、新しいもの好きな雰囲気が好きだなぁ、と思いました。

つづく

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ハンブルグ日記14

ハンブルグ日記14
ハンブルグ日記14
今日はやっとハンブルグ観光の1日です。

今まではホテルとギャラリーの往復でなんにも観光らしきことをしていません。

で、今さらですが、まずはハンブルグ中央駅です。古い建物で一見東京駅みたいです。高い時計塔が目印です。

そして写真にはないのですが、聖ヤコビ教会はステンドグラスとバッハが演奏したこともあるというパイプオルガンが壮観でした。昔はバッハもこの石畳を歩いていたかと思うと、鳥肌がたちます。

街は所々でクリスマスの準備に入っています。本格的には11月最後の金曜日あたりからだそうで、今から本番さながらのセッティングです。気合いの入れ方がさすが本場!でもこのサンタ、ちょっと怖いです・・・

つづく

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2008年11月23日 (日)

ハンブルグ日記13

ハンブルグ日記13
写真展が無事始まり、今日は念願のビールと焼きソーセージで乾杯です。ハンブルグはハンバーグの語源とも聞いていたので、ハンバーグも頼んでみました。

お味は・・・、の前にハンブルグに来てから食べるもの全てが量が多いのです!そして老若男女問わずによく食べる!私も結構食べるほうだと自負していましたが、負けました。

で、お味ですが、ソーセージは中がジューシー、皮がパリッとしていて美味です。ハンバーグは、なんというか、日本のつくねみたいな味でした。ビールはもちろんおいしかったです。ちなみに、付け合わせのケチャップとマヨネーズは別了解で、マヨネーズは、マヨというようです。

でも、そろそろ日本のおしんこが食べたくなってきました。

つづく

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2008年11月22日 (土)

ハンブルグ日記12

ハンブルグ日記12
今回の写真展の図録はオランダ展の図録と同じで、中の冊子がドイツ語バージョンになっています。

実は今回の開催にいたるきっかけはこの図録にありました。

ドイツ展のキュレータであるINGOさんが、たまたま別件でオランダ展のレイアウトをしたYPEさんと話した時に、この図録をみて一目惚れしたそうです。

私はてっきりビジネスライクな関係の中でこのドイツ展の話が生まれたと思っていたので、INGOさんからこの話を聞き、「君のお父さんの写真がオランダ、ドイツ、日本をつないでいるんだよ」と言われた時には、言葉がありませんでした。

写真の持つ良さ、強さももちろんですが、それを引き出し、広める力をくれた図録を創ってくれるオランダのスタッフに改めて感謝!です。

つづく

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ハンブルグ日記11

ハンブルグ日記11
ハンブルグ日記11
オープニングレセプションが昨日無事終わり、今日からがほんとの始まりです。

朝から雪が降り、空はどんよりグレーです。ただでさえ昨日の興奮が冷めやらず、夢を見ているような気持ちなのに、さびしさをますような空色です。

それでも会場にいくと、金曜日の朝にも関わらず思ったよりたくさんの人が見に来ていました。

今回のギャラリーは入館料が7ユーロで、だいたい1000円しないくらいの値段です。高すぎず、安すぎといったところでしょうか。

海外の美術館などでいつも思うのは老夫妻や子供づれのお母さん、車イスの方などが気軽な雰囲気で日常の一環で鑑賞を楽しんでいること。多分こういう場所にくることに敷居がないのでしょう。すばらしいことです。

さて、準備の時に白く塗られた机とイスですが、こんな風に使われています。

わかりますか?そう、写真集をみるための場所なんです。しかも一冊一冊のサイズに合わせて写真集を乗せる傾斜がつけられた土台が石膏でできていて、それがまた綺麗な仕事なんです。白い手袋まで添えていてくれています。

写真集こそ、直接触ってめくって、何かを感じてもらいたものなので、このセッティングが嬉しくてにくい限りです。

つづく

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2008年11月21日 (金)

ハンブルグ日記10

ハンブルグ日記10
ハンブルグ日記10
ついにオープニングです。予想以上の方が来て下さりました。

写真にはないのですが、主催者、キュレータからの挨拶に続き、鈴木家からのメッセージをお話する場も頂き、緊張しながらも私達家族の感謝の気持ちを伝えることができました。

正直、完成したレイアウトはまだちゃんとみられていないのですが、鈴木清の写真にみいるドイツの人々の姿をみているだけで胸がいっぱいです。

つづく

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2008年11月20日 (木)

ハンブルグ日記9

ハンブルグ日記9
ハンブルグ日記9
実は今回は夕方のオープニングに先駆けて、午前中にプレス記者会見が用事されていました。このように改まった場が用意されているのは、初めての経験です。

会見中の様子が写真にとれずお見せできないのが残念ですが、20人ほどの関係者が集まって下さりました。その様子はまた改めてご紹介したいと思います。

いいな、と思ったのはプレス会見の後に、キュレータと一緒に会場をツアーして、フランクに意見交換や質問をしあっていることです。下の写真がその時の様子ですが、フリーでオープンな雰囲気が、仰々しくなく、とてもよい印象を受けました。こういう雰囲気の中で作品の良さが広まっていってくれたらこんなにうれしいことはありません。

さて、次回からはオープニングの様子をお届けすることになりそうです。

つづく

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ハンブルグ日記8

ハンブルグ日記8
ハンブルグ日記8
準備もいよいよ大詰めで、会場入口にエキシビションタイトルがレタリングされようとしています。これにも高所作業車が大活躍。

しかし!肝心の日本語タイトル「流れの歌」の「流」のさんずいに点がいっこなかった!

思わず「Drop is lost!」といってしまいました。なんとか本番までには間に合わせてくれるそうで、一安心。

日本語って難しいですね。なのに果敢に挑戦してくれる姿に感激です。

つづく

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ハンブルグ日記7

ハンブルグ日記7
間に合いました!ポスターです。オランダとはまた違い、「天幕の街」のコラージュがメインです。白地に赤で今回のテーマ「流れの歌」がデザインされています。憎いぞ!

私がこのポスターをみたのはオープニング前日の昨日のランチの時。刷り上がったばかりのポスターをドイツのディレクターINGOが「だれより、君が最初にみるよ」といってわざわざランチを抜けて持ってきてくれました。その優しさに感謝です。

つづく

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ハンブルグ日記6

ハンブルグ日記6
さて、今回はライティングについて。

ギャラリーは元々市場だったこともあって、天井がとても高く、その分ライトも高いのです。なので、ライティングをするのに、高所作業車か出動しています。

しかし、これもまたハイテクで、壁やフレーム毎にルクスを測って、ライトの向きや強さ、色を決定したら、それをパソコンのプログラムに打ち込むと自動でライティングされる、ということらしいです。

このライティングにも専門のスタッフがいて、彼のセンスがもちろん必要なのですが、初めて目にすることばかりで驚きの連続です。

さて、そろそろポスター、ダイレクトメールのご紹介をしたいところなのですが・・・。

つづく

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ハンブルグ日記5

ハンブルグ日記5
私はいまだかつてハンギングにこれほど高い脚立を使っているのをみたことがありません。ゆうに2メートル以上はあるでしょう・・・

今回のレイアウトはその高さも活かしたものになっています。

おかしかったのはあるフレームのレイアウトが高すぎるか、否かで議論になった時のこと。ドイツ側のキュレータINGOは、高すぎると。そして私に意見を求めてきました。理由は簡単です。偶然にもオランダ、ドイツのスタッフが長身で、一般の人の気持ちになれない、というのです。私がノーマルだと・・・。ただ、偶然とはいえ、5、6人揃って長身なこと自体がアベレージでは?と思いましたが・・・。

私はそれもまたおもしろいし、美しいと感じたので、そのままでよいと思いました。結果は、多分変更されなかったみたいです。

次回はライティングについてご紹介します。

つづく

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ハンブルグ日記4

ハンブルグ日記4
ハンブルグ日記4
さて、ハンギングで同じみの景色ですが、こちらのギャラリーでは水平線を出すのに、なんとレーザー水準器をつかっていました。写真ではレーザーが写っていないのが残念ですが、赤いラインがレーザーで出ているのです!

水糸を使うやり方はみなれているのですが、レーザーには驚きです。

でも最後の微妙かつ繊細な調整は人の手によるもので、今回はオランダのスタッフはレイアウト、ハンギングの全体監修、実際のハンギングはドイツのスタッフ、という役割分担のようで、とてもいい連携プレーでした。

そのハンギングの様子は次回に。

つづく

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2008年11月19日 (水)

ハンブルグ日記3

ハンブルグ日記3
ハンブルグ日記3
さて、この白く塗られた机とイスは何につかうのでしょうか?答えは当日に!

なのですが、さすがドイツ!このペンキはバイオペンキだそうで、ペンキ特有のシンナー臭がしません。口に含んでしまっても毒はないそうです。その分コストは高いそうですが、さすが環境立国ドイツです。ギャラリーで率先して使うことがすばらしい!ちなみに壁も全てこのペンキだそうです。次回はドイツの職人技をご紹介します。

つづく

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ハンブルグ日記2

ハンブルグ日記2
ギャラリーはもとは花と野菜の市場だったそうで昔からのレンガつくりの建物です。ギャラリーと呼ぶには大きく、どちらかというと展示場という感じです。ここには2つの展示場が隣接してあり、アートと写真に別れています。

わかりますか?この壁の高さ、ただでさえ長身のオランダやドイツのスタッフが小さくみえます。

会場ではすでに床にフレームがレイアウトされていて、メインキュレータマヒルが合流したことでさらに細かいつめに入っていました。

第一印象としてはオランダ展をベースにしつつ、さらに作品の点数がふえ、オープンな感じがします。日本では考えられない、贅沢な空間の使い方!

そして、今回も色々なしかけがありそうで、次回にちらっととご紹介します。

つづく

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ハンブルグ日記

ハンブルグ日記
ついにハンブルグにやってきました!成田からフランクフルト経由ハンブルグまで13時間のロングフライトはさすがにきついです。が、前回のオランダでは写真集を持っていったこともあり、荷物が8キロオーバーで泣く泣く手持ちにしたのですが、それに比べれば今回は2キロオーバーですんだので楽なほうです。

さて、何とか会場につきました。みえますか?大きな洗面器が!まさかこんなになっているとは知らず、感動しました。

中に入るとさらに感動というより驚きの連続なのですが、それはまた後で。

つづく

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2008年11月17日 (月)

旅はつづく

ハンブルグへ・・・

ブログで「kiyoshi Suzuki Soul and Soul 1969-1999」の図録のことを紹介しようと思いながら、日々の仕事とハンブルグへの準備に追われ、すっかり更新が遅くなってしまいました。

ついに今日、先発隊(切り込み隊?といっても一人ですが・・・)がハンブルグへ向けて旅立ちます。あちらは、気温が10℃前後と、気の遠くなるようさ寒さのようです。確かに北ドイツの港町ですからね、覚悟を決めていかないと。

今聞いている予定では、17日に大まかなレイアウトを決めて、18日にhangingと聞いています。ですので、18日には朝からギャラリーで現地スタッフと合流できる予定です。今回はどんなレイアウトになるのかとても楽しみです。

Deichtorhallenというギャラリーは大きな写真やアートの展示場としてガイドマップにも載っていました。いったい、どんな雰囲気なのでしょう。

今回のハンブルグもオランダ同様、携帯の通信事情が許せば、現地からのレポートをこの場で発信したいと考えています。乞うご期待!

それでは、次回はハンブルグから挨拶できることを祈りつつ、Auf Wiedersehen!

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2008年11月 1日 (土)

図録2nd Editionでました!

わかるかな?

今日は「kiyoshi Suzuki Soul and Soul 1969-1999」の図録の第2版をご紹介します!初版は予想以上?の好評だったそうで、1000部が発売から間もない7月頃には売り切れてしまい、9月に待望の第2版がでました。第2版では、初版よりちょと多い1250部です。

私も第2版がどんな出来か確かめたく、入手して見比べてみました。ほとんど同じなのですが、若干、表紙カバーの紙質が変わり、印刷も少し黒が落ち着いているように感じました。どちらもよい出来です。

2nd_3   

左:初版 右:第2版

さて、上の写真でどこかが違うのですが、お解かりになりますか?

そう、お気づきになった方はさすが!です。小冊子の組み写真が違うのです。

これらの桜の組写真は、鈴木清が企画した最後の個展「千の来歴」にあった桜の組み写真です。

初版の小冊子ではオランダスタッフが個展「千の来歴」とは組み方を違えていました。無理がないかもしれません。だって、この写真は3枚のネガを上下左右反転にしたりして組まれたものなのですから。きっと、レイアウトをしてくれたオランダのスタッフも鈴木清の遊びに惑わされてしまったのでしょう。見比べてみるとおもしろいですね。

つづく

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